<面白っ!意外?映画史(8)>「『エヴァの匂い』にむせ返る」――ジャンヌ・モローの背信的悪意の謎

Record China    2014年11月22日(土) 18時27分

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「シベールの日曜日」のパトリシア・ゴッジが小悪魔なら、ジャンヌ・モローはさしずめ大悪女ということになるだろう。前回定義した小悪魔とは違って、大悪女とは、意識的に近づき、結果的にではなく目論見通り、男を破滅させる女なのである。

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「シベールの日曜日」(1962年、セルジュ・ブールギニョン監督)のパトリシア・ゴッジが小悪魔なら、ジャンヌ・モローはさしずめ大悪女ということになるだろう。前回定義した小悪魔とは違って、大悪女とは、意識的に近づき、結果的にではなく目論見通り、男を破滅させる女なのである。

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モローも、「死刑台のエレベーター」(59年、ルイ・マル監督)ではまだ、普通の悪女だった。モーリス・ロネをそそのかして自分の夫を殺させ、結果的に破滅させたのだ。

しかし、「エヴァの匂い」(62年、ジョセフ・ロージー監督)になると、そうではない。高級娼婦のエヴァは、意識的に婚約者のいる新進作家に近づき、翻弄する。作家が正気に返り、婚約者と結婚しようとすると、またもや誘惑して骨抜きにし、ついには、廃人同様にしてしまう。婚約者を演じたヴィルナ・リージは、モローよりも若く美人である。しかし、エヴァの発散する官能と背徳と退廃の爛熟した香り、というより匂いは、婚約者よりも魅惑的だ。作家はその魅力に抗しきれなかったのだ。原題の「エヴァ」に「匂い」を付け加えた邦題は、作品の内容を見事に表現している。

この女は娼婦だからといって、金だけが目的なのではない。男を破滅させること自体が楽しいのだ。エヴァという名は象徴的だ。キリスト教の原罪を背負った女、イブのことである。エヴァは悪意、それも背信的悪意の塊のような女である。

 

モローは「マドモアゼル」(66年、トニー・リチャードソン監督)でも、男を意図的に破滅させる女教師を演じた。とはいえ、この場合は多分に成り行き上という事情もある。しかし、「エヴァの匂い」では、初めから背信的悪意を持って近づいたとしか思えない。しかも、背信的悪意を抱く理由が全く分からない。だからこそ謎めいて、しかも怖い。

 

ロージー監督が「エヴァの匂い」の次に手掛けた「召使」(63年)では、ダーク・ボガード扮する召使いが、主従関係を逆転させ、主人を人格的に崩壊させてしまう。彼もまた、背信的悪意を持って近づいていくのである。「エヴァ」と同様に謎めいた怖さがあり、男性版エヴァというべきか。

「危険な情事」(87年、エイドリアン・ライン監督)でグレン・クローズ演じる狂気のようなストーカー女も、実に怖い。特に、すねに傷持つ男性には。ただ、この女の場合、悪意を持って迫ってくるのには、勘違いとはいえ合理的な理由がある。だから、エヴァのような底知れぬ不気味さはない。

 

モローはラクロの同名小説を映画化した「危険な関係」(59年、ロジェ・ヴァディム監督)で、大悪女ではない普通の悪女を演じている。クローズはその再映画化版(88年、スティーブン・フリアーズ監督)で同役を演じ、「危険な女」を強く印象付けた。ただ、モローとクローズ、どちらがより危険で怖いかといえば、やはりモローだ。

川北隆雄(かわきた・たかお)

1948年大阪市に生まれる。東京大学法学部卒業後、中日新聞社入社。同東京本社(東京新聞)経済部記者、同デスク、編集委員、論説委員などを歴任。現在ジャーナリスト、専修大学非常勤講師。著書に『失敗の経済政策史』『財界の正体』『通産省』『大蔵省』(以上講談社現代新書)、『日本国はいくら借金できるのか』(文春新書)、『経済論戦』『日本銀行』(以上岩波新書)、『図解でカンタン!日本経済100のキーワード』(講談社+α文庫)、『「財務省」で何が変わるか』(講談社+α新書)、『国売りたまふことなかれ』(新潮社)、『官僚たちの縄張り』(新潮選書)など。

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