【書評】アフリカで中国人酋長が出現―「対中包囲」と真逆の世界―安田峰俊著『中国VS.世界』

八牧浩行    2021年6月5日(土) 5時20分

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米中対立の中、米国情報が圧倒的にあふれる中で、中国が多くの国々にとって「脅威となっており、包囲網が形成されている」いるとの図式で描かれることが多いが、世界全体を探ると様相は大きく異なる。

経済力と人口パワーで国際舞台の主役に躍り出た中国。米中対立の中、米国情報が圧倒的にあふれる内外報道では、中国が多くの国々にとって「脅威となっており、包囲網が形成されている」との図式で描かれることが多いが、世界全体を探ると様相は大きく異なる。日本対中国、米国対中国という、単純な対立の視点では見えない部分に光を当てた一冊。パキスタン、ナイジェリア、カザフスタン、カナダ、豪州、イスラエル、セルビアなど、経済規模も立ち位置も異なる12カ国と中国の関係を個別に深掘りすることによって、世界の実態と行方が浮かび上がる。

途上国を中心とした大半の国は民主主義や人権にはあまり関心がなく、重視するのは「経済」。コロナ禍でその傾向が強まっている。多くの国にとって最大の貿易投資国は中国であり、無視できない。昨年6月、中国が香港の一国二制度を見直し、国連人権理事会で香港国家安全維持法が審議された。採決の結果、同法を支持する国が53か国に達し、同法に反対したのは日本など27カ国にとどまった。中国を擁護する国が大半を占めたことになり日米などに衝撃が走った。

ナイジェリアには多くの中国人酋長が何人もいるという。例えば中国国有企業の同国支社に勤める20歳代の中国人は、現地の権力者からの要望で突然地元部族の酋長になった。ナイジェリアと中国との関係が濃密であることを示す事例と言えるが、中国に親しみを持つ国は意外に多いという「不都合な真実」を直視すべきである。

中国は米中対立の長期化を見越し、アジア、中南米、中東、アフリカを中心に勢力を広げている。広域経済圏構想「一帯一路(海と陸のシルクロード)」、中東欧や南米など世界各地で多国間の枠組みができている。コロナ禍の下、アジア諸国連合(ASEAN)や欧州諸国との貿易額は着実に増加している。対立している米国との貿易も急拡大。日中貿易も例外ではない。疲弊する日本企業にとって隣接する世界最大消費市場・中国との取引は欠かせない。

中国企業は高速鉄道、高圧送電線、再生可能エネルギー、デジタル決済、AIなど広範囲にわたり世界をリードしつつある。低成長に苦しむ国々にとって、中国の巨額投資や巨大市場は魅力的だ。

本書に盛り込まれている、ドイツ出身の著名在日コラムニスト、マライ・メントライン氏との対談「なぜ、人権大国ドイツは中国を強く非難しなかったのか」や、アフリカ・マリ出身のウスビ・サコ京都精華大学学長との対談「中国の第三世界外交と天安門事件を語る」も、中国と各国との濃密な関係を知るうえで興味深い。

また、中国自身が内政干渉を好まないことから、西側先進国から人権問題などで批判されている国を支援することが、関係を強める結果となっているという。

世界の中で中国と密接な関係を持っている国、毅然として自国の立場を貫こうとしている国の存在を知ることは重要である。一帯一路をはじめとした中国の外交戦略・国際戦略について、欧米などでは各国との関係を個別に切り取って比較することが多いが、日本ではこうした試みは少なく、本書は先鞭をつけるものと言えよう。

本書の中で特に面白かったのは、カリブ海東部に浮かぶ「セントビンセント及びグレナディーン諸島」という人口11万人の小国。中国と台湾が相手国に厳格な二者択一を要求し、双方が競って外交関係を維持・確保しようと画策。中南米諸国の間では、両国を天秤に掛け、中国からの資金援助を受け台湾から乗り換える動きが活発化しているという。

前述のサコ学長の「アフリカ諸国はしたたかに中国と付き合っていくことになる」との言葉も印象的だ。本書を読むと流布される「中国包囲」ニュースとは異なる世界が広がっていることが分かる。

安田峰俊著『中国VS.世界 飲まれる国、抗う国』(PHP新書 920円=税別)

■筆者プロフィール:八牧浩行

1971年時事通信社入社。 編集局経済部記者、ロンドン特派員、経済部長、常務取締役編集局長等を歴任。この間、財界、大蔵省、日銀キャップを務めたほか、欧州、米国、アフリカ、中東、アジア諸国を取材。英国・サッチャー首相、中国・李鵬首相をはじめ多くの首脳と会見。東京都日中友好協会特任顧問。時事総合研究所客員研究員。著・共著に「中国危機ー巨大化するチャイナリスクに備えよ」「寡占支配」「外国為替ハンドブック」など。趣味はマラソン(フルマラソン12回完走=東京マラソン4回)、ヴァイオリン演奏。

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